ブログなるものを始めてみる

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はじめまして。

雪白と申します。齢16にして初めてブログを開設してみました。自分用メモワール兼公開日記という感じで、自分のことやおすすめの有用情報など気軽に共有していけたらなと思っています。ものを書くのは好きなので、いつかブログやってみたかったんです。ということで至らぬ点も数多くあると存じますがどうかよろしくお願いいたします。

 

ひとまず自己紹介

PN 雪白カレハ
生年月日 2003/11/12(現在16歳)
一級建築士
趣味 絵(観る、描く)、バイク(父の影響)、歩くこと、読書、資格取得、裁縫、電子音楽、展覧会、人形、Twitter
好物 マネケンワッフル、KitKat Bar、ブルーチーズなどなど
好きな色 ボルドー
モットー 「やらない後悔よりやった後悔」

おおーすごい。(自分でHTML使って表貼り付けた感動)

自己紹介はざっとこんなところです。

 

人生の長さたるや…

経歴

私立幼稚園→公立小学校(5~6年不登校)→公立中学校(不登校)→高専志望するも不合格→滑り止めの中堅進学校(現在)

不登校となる

引きこもり・登校拒否のイラスト

わたしは幼少期から周りに馴染めず、生きづらさを感じていました。

自分の考えが全て正しいと思っていたため他者との関わりがうまく取れず、友人も少なかったため、学校は嫌いでした。

小学校5年生の頃、当時の担任の先生からいじめ(おそらく理由は自分の理想とする生徒像と異なるから)を受け、登校拒否児となりました。

(この頃に精神科にてADHDアスペルガー症候群との診断も受けました。)

学校に行かなかった5年間ほどでは、完全引きこもりになってみたり、適応指導教室に通ってみたり、習い事をしてみたり、基礎学力とは関係ない学びを主体的に経験していました。

転機となった高校受験

分かれ道で迷う人のイラスト(男性)

中学3年生になり、進路の選択をする時期が来た時、将来の夢について考えました。

そして、予てより憧れていた一級建築士」を志すことと決めました。

建築士になるには学位が必要なため、わたしは中学卒業後、工学の専門教育機関である高等専門学校に進学したい、と考えました。

しかしわたしは学校に行っていないため、中学3年生の4月時点でbe動詞すらわからないという悲惨な状態でした。

問題集などでなんとか戦える状態に持っていき、模試の判定は第一志望校B判定にまで上がりました。

いよいよ受験です。しかしここでボトルネックとなったのが「内申点」。

この3文字を目にするたび頭痛が到来するほど憎んでいる3文字熟語です。

不登校児にとって内申点というものは本当にゼロに等しいので(そもそも出席していないことには授業態度点などがゼロ)、周りより圧倒的に不利でした。まあ自分が悪いと言えばそれに尽きるんですけれど

高校受験、高専受験ではたいてい「当日の試験点数」と「中学校での内申点」を勘案して算出した数字で競うので、不登校児がいくら勉強し、高いレベルの学力を手にしたとて行ける高校は必然的に「内申点を勘案しない私立高校」か「自分のレベルより大幅に低レベルの公立高校」あるいは通信制、単位制などに絞られてくるのです。

この厳しい事実に苦言を呈しつつ、わたしは自分を信じて高専受験しました。

当日の試験は自信がありましたが、結果は不合格。内申点があれば合格していたのかと思うと、悔しさでいっぱいでした。

適当に決めた高校なのに

わたしは行きたい高校がなかったので、高専に落ちたら独学で高卒認定試験を受けて予備校に通いながら大学受験に備えようと考えていました。

そのため、高専の滑り止め校は適当に決め、軽い気持ちで受験をしました。

結局そこには合格し、入学までしたわけですが、当初、一年生の一学期あたりで高校をやめるつもりで入学をしました。

というのも、高卒認定試験は年二回(8月と11月)なのですが、8月の分で受かってしまってさっさと高校(一応の受け皿)をやめようと考えていたからです。

結論から言うと、高校はやめていません。

高卒認定試験には計画通り高校一年生の8月、当時15歳のときに合格いたしました。なので、高校をやめても大学には進学できるわけですが、高校を「いざやめよう」となり、今までの高校生活を振り返ったときに、意外と楽しんでいたわけですね。それで、やめるのをやめました。(なんとも単純な理由…)

別にやめるのはいつでもいいし、在籍しとくか。

という気楽な発想です。

 未だに在籍しているんですけどね。しかし高認は持っているだけで安心感があるのでおすすめです。

コロナ様々!

そして16歳の年、今年ですが、コロナ騒動で3月から学校が休校になりました。

やりたいことができる絶好の機会です。これが火種となり、わたしは暴走し始めました。

時間がたっぷりあります。何でもできる気がしました。

まず手始めに、16歳ということで二輪免許が取れるじゃないか、と考え、休校期間中に小型二輪免許取得。

3月中旬に自動車学校に入校し、5月の終わりに免許をいただきました。2ヶ月半。

そしてほぼ同時期に、将来合格しようと思っていた「宅地建物取引士試験」に今年合格しとこう、という考えを企み、6月から本格的に勉強開始

受験資格制限がない宅建試験、ありがたや。

勉強をしている人のイラスト(男性)

10月第3日曜日、ついこの間試験を受けてきました(結果待ち)。結果がたのしみです。

(このブログを始めたのも、宅建試験が終わり一段落ついたからであります。)

去年取った高認、今年受けた宅建の勉強の楽しさから資格取得趣味に目覚め、現在は簿記検定の勉強をしております。

少々不謹慎ですが、わたしにとってコロナ騒動はありがたいものでした。

社会が半分滞るという人生で二度とないような機会でしたので、しっかり利用させていただきました。

そしてこれから

見出しにもある通り、人生はとても長いですね。17年間生きてきましたが、まだ人生5分の1。まだまだこれからですね!(自分で言っていくスタンス)

いわゆる平々凡々とした人生ではないものの、引きこもり時代のブランクなども経験と捉えてしれっと生きているわたしです。

将来設計をする人のイラスト(男性)

人生計画は早めに立てた者勝ちだと思っているので、これからもひとまず中学時代に設定した第一目標一級建築士」に向けて邁進していきます。(まずは大学建築学科受験。)

おわりに

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

これから着実にブログにも慣れていきますので、よろしければお付き合いください。